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 地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城
人見館 埼玉県深谷市人見 2018.10.15訪問
 〜 築城者 人見政経 築城年 平安時代後期 主な城主 人見氏、上杉憲武 遺構 郭、土塁、空堀 廃城 不詳 
人見館は、平安時代末期に、人見氏の館として築かれたと伝えられます。人見氏は、武蔵七党の一つ、猪俣党に属する河勾政経が、この地に住んで人見六郎と名乗ったのにはじまります。その子孫は鎌倉幕府の御家人として活躍しましたが、室町時代の始め頃、人見氏は丹波国に移りました。室町時代の中頃には、深谷上杉氏の一族の上杉憲武が、人見氏の館跡を改修して居住しました。現在見られる堀や土塁は、この時の姿をとどめているものと思われます。憲武のその後の動向はよくわかっていません。
昭和初期の実測図を見ると、館は東西に並ぶ三つの郭からなっていたと考えられ、その範囲は東西約300メートル、南北約150メートルです。現在はいちばん西の郭が最もよく保存されており、西側と北側に2重の土塁と空堀が残されています。周辺には「政所」「元屋敷」「馬場」などの館に関連すると思われる地名があります。また、館跡の南約500メートルにある一乗寺には、人見氏の累代の墓があります。
                        (埼玉県・深谷市教育委員会がが現地に設置の案内板「人見館跡」より)
人見館に行く前に、先ず、人見市累代の墓がある一乗寺に行きました… カーナビでは、藤沢小学校なら間違いなく表示されますね。一乗寺でもいいかもしれません?!
     
 一乗寺の文化財についての説明板…人見氏累代墓についても、市指定有形文化財として説明されています。
 
 人見氏累代墓…一乗寺に入ってすぐ左にこの一角がある。  一乗寺本堂…
     
 一乗寺から約北に約500メートルの位置にある人見館に来た。右側の森のようになっているところ…案内板を通り過ぎてから気が付いて遠景撮影した
 
案内板のあるところに戻って…左の図は案内板から拝借。案内板すぐ裏に、現在では浅くなっている空堀が。
      
 上の地図の現在地のところから、右に行き、左に曲がり西方向に向かう際に、すぐ左手に堀跡的な場所が続き(ここは二重掘りになっているようだが、藪の奥を覗いてもよくわからない)一番西の端に行く。  すぐ上の写真の続き部分…個人の住宅敷地であり進入は控えた。
     
 左の写真のところに至る北側の道路…
 
すぐ上の写真の場所で藪の中を覗いてみる…もう一つの堀の存在が確認できず。  先ほどの地図の、一番上に行って左側を見たところ…敢えて言えば北東端の空堀の雰囲気が残る? 
   
地図の南西端から南方向を見る…
 先ほどの地図の、現在地のところから下の方に下がって行き、端まで行って内側の空堀の所在を探してみた…覗いてみて撮影したのが下の画像。わかりにくいですね!
     
 

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